Research Center for Functions of Fermented Food

発酵醸造食品機能性研究センター

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国立台湾海洋大学との研究交流会を実施【発酵醸造食品機能性研究センター】

2024.09.09

発酵のメカニズムを科学的に解き明かし、社会への還元をめざして


2024年9月4日、深草キャンパス和顔館4階会議室2において、国立台湾海洋大学 食品科学科の研究メンバーとの研究交流会が行われました。今回は食品発酵学を専門とする蔡 國珍(Tsai Guo-jane)教授(国立台湾海洋大学 食品科学科・前副校長)が来校されたことから、同領域で研究プロジェクトを進めている本学・発酵醸造食品機能性研究センターの島純教授(本学農学部生命科学科・同センター長)と田邊公一教授(本学農学部食品栄養学科・同センター兼任研究員)が参加し、研究報告を行いました。

会の冒頭、この研究交流会の橋渡し役である金 紅実教授(本学政策学部)が趣旨や流れ等について説明し、各校の報告の逐次通訳を担当しました。

研究交流会のようす(写真右側は国立台湾海洋大学 食品科学科の研究メンバー)
金 紅実教授(本学政策学部)

【台湾側の研究領域と研究成果の紹介】

国立台湾海洋大学(National Taiwan Ocean University)は、台湾基隆市にある国立の海洋大学で、前身は台湾省立海事専科学校です。台湾で随一の海洋の分野に特化した総合大学であり、海事や水産関連の研究が盛んに行われています。

報告に立った蔡 國珍(Tsai Guo-jane)教授は、はじめに自身の研究室のハイライトとなる研究事例を幾つか挙げました。これまでの研究で対象とした素材には、豆乳の絞りかす(おから)やエビの殻、コーヒー豆かす等の食品廃棄物(副産物)も含まれていること。また、研究室ではさまざまな農産物から乳酸菌の抽出を行っており、特に抗菌性の高い乳酸菌を水産物の餌づくりに活かそうとしていることを紹介しました。

蔡教授の研究の背景にあるのは、世界的に増加している糖尿病患者やその予備軍とされる人々の健康への課題意識です。これまでの研究では、主に「血糖値を下げる効果が期待できる食品開発」について取り組んできました。蔡教授は研究にあたり、まずは酵母菌の株を見つけるために台湾全土に学生を派遣して、各地の土壌から酵母菌の発見に着手。そうして発見してきた酵母菌を研究室で一つずつ試して望む効果に近いものを選別し、さらに選別した酵母菌がどのような条件下であれば大量生産できるのかについても検討を重ねていきました。

代表的な研究成果の一つとして紹介したのは、GFT生産菌株(Saccharomyces sp. No. 54)の発見です。Saccharomyces sp. No.54は、台湾の自然環境に存在する数百もの酵母菌株の中から選択されたものです。動物実験で2型糖尿病のラットにこの酵母菌を摂取させたところ、空腹時血糖値や血中脂質、体脂肪が有意に低下しました。また、酵母菌株から分離・活性化した54 kDaタンパク質について、遺伝子分析を行うと、血糖を一定の範囲に収める働きを担うインスリン*1に近い効果が確認されました。2009年には台湾の製薬会社に技術移転を行い、関連技術の指導を行ったことで量産化に成功。その後、特許や血糖降下作用の健康食品証明書を取得し、国内外で多数の受賞に至りました。

蔡 國珍(Tsai Guo-jane)教授(国立台湾海洋大学 食品科学科・前副校長)
蔡教授の報告資料より:2017年10月に「葡耐因」の品名で商品化したSaccharomyces sp. No.54を用いたサプリメント

蔡教授は、「豆乳の絞りかすやエビの殻など、食品を加工する上では多くの副産物が生じる。この副産物は食品廃棄物と扱われることもあるが、実は多くの有益な成分を含んでいる」ことを指摘。そして、研究の基本姿勢として“天然・健康・安全”のキーワードを挙げ、「農水産資源に含まれる有効成分を活用すること、時としてその残渣を完全に再資源化することで、人と環境とがWin-Winとなる共存共栄の輪を築いていくことが必要である」旨を紹介しました。

【日本側の研究領域と研究成果の紹介】

蔡教授に次いで報告に立った島教授は、今年度から発酵醸造食品機能性研究センターで新たに取り組んでいる学際的研究プロジェクト「滋賀県発・発酵醸造技術を活用したアスリート食の開発」の概要について報告しました。

この研究プロジェクトは、多様な研究者が集う本学の強みを掛け算したものです。「発酵醸造学×スポーツ栄養学×スポーツマネジメント」と学術領域の異なる研究者がクロスすることで、新たなアスリート食の開発に取り組み、ひいては滋賀県域の共創プラットフォームの開発をめざしています。

これまで同研究センターでは、発酵醸造に有用な微生物の収集とデータベースの構築をめざして、主に滋賀県の食品や自然環境から、麹菌や酵母、乳酸菌を網羅的に探索・収集し、保存してきました。島教授は「研究の鍵は腸内細菌にあるだろう」と述べ、プロバイオティクス(ヒトに有益な作用をもたらす生きた微生物)の機能解明が進行する中、「発酵醸造食品はもしかしたら、アスリート食に適しているのではないか?」と着想し、滋賀県発の発酵醸造食品の設計を試みることになったことを説明しました。

→関連Interview:ReTACTION国内屈指の発酵県・滋賀県から発酵を活用したアスリート食を(2024.05.28)

島 純教授(本学農学部生命科学科・発酵醸造食品機能性研究センター長)
島教授の報告スライドより「仏教SDGs」への取り組み

つづいて田邊教授は、「鮒寿司製造における乳酸菌の優占種の決定メカニズム」に関して報告しました。報告の冒頭、滋賀県の伝統的な発酵食品である鮒寿司について、滋賀県の環境や製造工程と共に紹介。鮒寿司は、4月に高濃度食塩水に漬けた鮒を8月に水洗いして米飯と共に密閉容器に5〜6ヶ月ほど漬け込み、翌年1月頃には乳酸発酵が進んで食べられるようになります。また鮒寿司は、完成した状態で1年ほど常温保存ができる保存食であり、現代の寿司の原型とされます。

鮒寿司は自然由来の乳酸菌による発酵食品ですが、その発酵メカニズムは明らかになっていません。そこで、田邊教授と島教授は、「鮒寿司に含まれる主な乳酸菌の種類は何か? 発酵過程において乳酸菌はどのようにして優勢になるのか?」という点について研究を進めてきました。

同研究ではまず、滋賀県内で購入した複数の鮒寿司から分離された主要な乳酸菌を遺伝学的解析したところ、Lentilactobacillus buchneri*2(以下、ブフネリ)を同定。また鮒寿司の発酵途中のサンプルを経時的に採取し、分離培養をもとにした微生物解析を行った結果、発酵初期に複数の乳酸菌種が検出された後、2カ月目以降にブフネリが優占種になることを発見しました。そこで、なぜ最終的にブフネリが生き残るのかを調べるため、寒天培地に培養したブフネリに対して乳酸・酢酸・塩のストレスを与えて実験した結果、酢酸と塩については他の菌と大差がなく、乳酸に関しては強い耐性があることがわかりました。結論として、ブフネリが鮒寿司において最終的な優占種となることが明らかになりました。田邊教授は「ブフネリの乳酸に対する強い耐性がポイントで、鮒寿司の発酵過程の最終段階における変化を導くのだろう」と述べ、報告を終えました。

→関連Release:滋賀県の伝統的な発酵食品・鮒寿司製造における乳酸菌の優占種を見出す 龍谷大学農学部 田邊公一教授らが自然発酵食品において優占種が決定される一つのモデルを提唱(2022.09.06)

田邊公一教授(本学農学部食品栄養学科・発酵醸造食品機能性研究センター兼任研究員)
滋賀県の伝統的な発酵食品である鮒寿司の製造工程

両校の報告後に意見交換の時間が設けられ、研究の詳細について活発な質疑応答が続きました。さいごに国立台湾海洋大学 食品科学科の研究メンバーから、実際に研究室や研究フィールドを訪問しあうなど今後の研究交流の展望についてコメントを受け、交流会は盛会のうちに終了しました。


【補注】
*1 インスリン:
膵臓のβ細胞で作られるホルモンで、血中グルコースの肝臓、脂肪細胞、骨格筋細胞への取り込みを促進し、炭水化物、タンパク質、脂肪の代謝を調節する役割を担う。糖尿病は、インスリンが十分に働かないために、血液中を流れるブドウ糖という糖(血糖)が増えてしまう病気とされる。
>参考:国立国際医療研究センター>糖尿病情報センター

*2 Lentilactobacillus buchneri(レンチラクトバチルスブフネリ)
グラム陽性乳酸桿菌。国内では、赤カブを使用した長野県木曽地方の伝統的な発酵食品「すんき」から分離された報告がある。ヘテロ乳酸発酵によって、酢酸と有機化合物の1,2-propanediolを産生する。食品以外ではサイレージ(乳酸発酵させた家畜用飼料)の改良に用いられている。