お酒の不思議を見える化する?「発酵DX」をテーマに研究会を開催【REC/発酵醸造食品機能性研究センター】
2025.03.03
「2024年度 第3回REC BIZ-NET研究会」において、農学部食品栄養学科の桝田哲哉教授と田邊公一教授が講演
2025年2月18日(火)、龍谷エクステンションセンター(REC)主催の研究シーズ発表会「2024年度第3回 REC BIZ-NET研究会」が瀬田キャンパスとオンラインのハイブリッド形式で開催され、農学部食品栄養学科の桝田哲哉教授と田邊公一教授が講師を務めました。
今回の研究会のテーマは「発酵DX~飲まずに見た目だけでお酒の味わいがわかりますか?~」です。
一般に清酒は、人間の五感を用いて香りや味、色などを評価する官能検査によって、その品質管理を行っています。しかし、評価者の感覚に左右されることが多く、課題とされています。そこで、今回は清酒の味わいや発酵の不思議を見える化できないか? という観点から取り組んだ研究が紹介されました。
桝田教授は、官能検査によらない客観的な手法として、加温熟成させた清酒の色の変化、色差、蛍光特性から品質評価を行う手法などを紹介。田邊教授は、清酒製品におけるDNAの痕跡から醸造最初期の微生物を特定し、さらに醸造過程における品質の管理を迅速かつ簡便に行う手法の可能性について紹介しました。
【→Event概要】https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-15999.html
【講演1|テーマ:「分光学的手法を用いた清酒の品質評価法」】
◎桝田哲哉 教授(本学農学部 食品栄養学科)
はじめに報告に立った桝田教授は、まず自身の研究の概要として、食品タンパク質や多糖類などの生物素材の食品化学的研究を行ってきたことを紹介しました。そして、本学農学部食品栄養学科の「食品加工学実習」での日本酒醸造の際、なかなかおいしいと思える日本酒ができなかったことから、お酒の見た目(色調)や特徴的な有効成分の変化をもとに総合的に評価できないかと、「分光学的手法を用いた清酒の品質評価法」に関する実験の計画に至ったことを説明しました。
皮を剥いたリンゴのように褐色に着色する現象は褐変(かっぺん)と言われますが、清酒の貯蔵においてもアミノカルボニル反応をはじめカラメル化反応、ブドウ糖以外の清酒成分の反応が褐変に関わると報告されています。こうした色調の変化を捉えることは食品の品質保持にとって重要であり、先行研究では、貯蔵日数の経過とともに褐変度が高まることや、温度上昇と褐変度が比例関係にあることが数式によって示されています。桝田教授の食品化学研究室での実験では、精米歩合が異なる3種の清酒(純米酒/純米吟醸酒/大吟醸酒)をサンプルとして、異なる温度帯で貯蔵していくことでどのような変化がみられるか検討しました。まず着色度に関して検討したところ、純米酒・純米吟醸酒は、貯蔵温度、貯蔵日数に応じて顕著な変化が見られたものの、精米歩合の大きい(=タンパク質の含有量が少ない)大吟醸酒については、ほとんど変化が見られませんでした。着色度の変化が大きかった純米酒について、更に色差を測定したところ、貯蔵日数が長くなるにつれて色差が増加することが示されました。一方、アルコール度、日本酒度等では顕著な変化は見られませんでした。
さらに桝田教授は、食品分野への応用が進む「蛍光指紋分析法」について概要を説明しました。蛍光指紋分析法とは、試料が発する蛍光パターン(蛍光指紋)を計測し、蛍光の波長や強度を測定する分析法です。清酒中にはアミノ酸のトリプトファンやチロシン、水溶性ビタミンのリボフラビンなど蛍光を発する物質が含まれていることが先行研究で報告されています。今回先述のサンプルを用いて、分析を行ったところ、アミノ酸と思われる蛍光強度の違いや、加温温度が高いサンプルで特有のスペクトルが確認されました。なお、今回の研究にあたっては、田中秀輔さん(農学部4回生)が主に実験を担当したこと、測定に関しては滋賀県工業技術総合センターの川島典子氏、松尾啓史氏、岡田俊樹氏の協力を得たことを述べ、桝田教授は報告を終えました。
【講演2|テーマ:「清酒に含まれる微生物の痕跡をたどる」】
◎田邊公一 教授(本学農学部 食品栄養学科、発酵醸造食品機能性研究センター兼任研究員)
ついで報告に立った田邊教授は、冒頭に日本の「伝統的酒造り」が2024年12月にユネスコ無形文化遺産に登録されたニュースにふれ、これは酒蔵の職人により、麹菌を使った仕込み技術が高度に継承されていることが評価されたものであることを紹介しました。清酒造りの要である「製麹(せいぎく)」は、蒸米に麹菌を繁殖させて麹を作る作業のことで、48時間にわたり温度と湿度を管理しながら手作業で行う酒蔵が多く存在します。
つづいて田邊教授は、2024年3月に明るみになった紅麹問題《紅麹を使用したサプリメントを摂取した複数人において腎疾患等が発生。その製造過程で青カビ(ペニシリウム属)が混入し、想定外の毒性物質(プベルル酸)が産出された可能性があることが指摘されている》を引き合いに出し、作り方は米麹と同じ製法であることから、「清酒は本当に安全なのか?」と疑問を呈しました。田邊教授は、清酒は開放空間での仕込みのため、空中の細菌やカビの胞子などが混入する可能性が高くなっていること、また、混入した微生物は高濃度エタノールで死滅するとしても、死滅する前にカビ毒などの毒性物質を産出する危険性があること等のリスクについて言及しました。
環境中の乳酸菌を取り込んで約1ヶ月かけて酵母を培養する「生酛(きもと)」という昔ながらの酒造りにおいては、麹カビや酵母のような清酒醸造における主要な微生物に加えて、硝酸還元菌、乳酸菌などが出現することが知られています。
【→関連記事】約2週間で日本酒の発酵プロセスにおいて乳酸が酵母の発酵特性を調節する可能性を示唆【発酵醸造微生物リソース研究センター/農学部】(2023.03.06)
そこで、田邊教授の応用微生物学研究室で新たに取り組んだ研究では、清酒製品に含まれる微生物DNAをPCR法で検出し、製造過程で増殖した可能性のある微生物を検出することを目的に、清酒の安全性の評価を試みました。
生酛造りのおり酒(もろみを絞った後の沈殿しにくい「おり」を取り除く前の酒)を実験対象とし、複数メーカーのサンプルから微生物DNAをPCR法で検出して菌種同定したところ、清酒酵母以外の野生酵母や硝酸還元菌、麹カビ、乳酸桿菌由来のDNAを検出することができました。
こうした清酒製品を用いた微生物由来のDNA検出結果をふまえ、田邊教授は「2ヶ月以上前(醸造初期の段階)に増殖したと考えられる細菌由来DNAも検出可能であることから、醸造段階で増殖・死滅を経て清酒内に漏出した微生物のDNAを検出しているとも言える」と考察しました。 田邊教授は、今後の課題として、PCR法の感度向上によって特定の微生物をターゲットに検出することや検出にかかる安定性の検証を挙げ、「本手法をさらに改良し、清酒の醸造過程における品質管理を迅速かつ簡便に行う方法を探っていく。また、食品メーカーの簡易的な微生物検査にも応用できる可能性がある」と述べ、報告を締めくくりました。