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京都府私立中学高等学校理科研修会・化学部会を実施【発酵醸造食品機能性研究センター/農学部】

2024.12.25

「アルコールを介した酵母と人間の長いお付き合い」をテーマに農学部・田邊公一教授が講演


2024年12月15日、瀬田キャンパス9号館(基礎実験室および小会議室)において、京都府私立中学高等学校理科研修会・化学部会が行われました。同研修会は、京都府内の私立中学、高等学校の理科教員により構成される研究会の企画で、当日は13名が来校されました。

京都府私立中学高等学校理科研修会・化学部会の実施風景

今回の研修会における研究テーマは「酵母によるアルコール発酵について学ぶ」です。大谷中学・高等学校の小倉史氏による司会進行のもと、講演と農学部施設見学、酵母が関わる発酵食品の試食・試飲体験が行われました。

【講演|テーマ:「アルコールを介した酵母と人間の長いお付き合い」】

講演には、龍谷大学 発酵醸造食品機能性研究センターの田邊公一教授(農学部食品栄養学科・同センター兼任研究員)が立ちました。田邊教授は講演の冒頭、本学農学部の成り立ちや「食の循環」を意識した学科構成、発酵醸造食品機能性研究センターにおける研究概要や発酵商品の開発事例について紹介。さらに自身の研究の一環として、滋賀県の伝統的発酵食品である鮒寿司を一匹から手軽に漬けられる「鮒寿司作製キット」(※1)を考案し、2023年6月に実用新案登録を行ったことにも言及しました。
(※1)【→関連記事】キットを使って一匹から漬けられる鮒寿司 – Mog-lab

そして、「アルコールを介した酵母と人間の長いお付き合い」をテーマにした田邊教授の講演は、(1)発酵の仕組み、(2)酵母と人間の歴史的関係、(3)清酒の歴史の3つの観点で構成されました。

以下は、講演の一部(特に清酒に関する部分)を抜粋して紹介します。

 

■(1)発酵の仕組み

発酵とは、有機物質が微生物または酵素によって分解されることです。発酵食品で起きている食品成分の分解をみると、《デンプン(米、麦、イモ)→(グルコース、乳糖)→エタノール(ビール、ワイン、清酒)または乳酸(漬物、ヨーグルト)》と《タンパク質(肉、魚、大豆)→アミノ酸(味噌、醤油、納豆、魚醤)》とに大別されます。

発酵に関わる微生物のはたらきに着目すると、アルコールをしっかりと沢山作ることができるのは酵母だけです。また、カビの一種である麹はデンプンの分解も、タンパク質の分解もできるマルチプレイヤーであり、清酒の発酵には、これら酵母と麹といった真核生物と、乳酸菌の原核生物が関わります。

田邊教授の報告スライドより「酵母/乳酸菌・納豆菌/カビ(麹)と発酵食品」

 

■(2)酵母と人間の歴史的関係

諸説ありますが、代表的な発酵食品が現代と同様の製法になった時期として、乳酸菌が関わるヨーグルトは紀元前8000年、酵母が関わるワイン・パンは紀元前4000年、そして乳酸菌と酵母に加えて麹が関わる清酒は西暦800年という記録があります。アルコールと炭酸ガスを作る酵母の代名詞とも言えるサッカロマイセス・セレビシエ (Saccharomyces cerevisiae)は、パンやエールビール、ワイン、清酒など、あらゆる発酵食品や飲料の製造に用いられています。

現在、発酵で多く使われるS. cerevisiaeは中国由来とされ、この中国株は紀元前14,000年〜12,000年に誕生し、その後いかにして世界中に広まったかは不明です。しかし、S. cerevisiaeは異なる地域で用いられている株が、部分的に互いによく似た染色体構造をもつことから、ヒトが交雑の機会を増やしてきたことが示唆されます。

さらに興味深いのが「酵母の家畜化(domestication)」呼ばれる現象です。これは、本来の酵母の原生林株は遺伝子の多様性があるものの、発酵に用いられる株は小さなグループを形成する傾向が見られることから、優れた単一種だけが発酵に使われるようになるというものです。

田邊教授の報告スライドより「高度に分岐したS. cerevisiaeの系統」 画像出典:Molecular Ecology (2021) 21, 5404-5417, Figure 1
田邊教授の報告スライドより「高度に分岐したS. cerevisiaeの系統」 画像出典:Molecular Ecology (2021) 21, 5404-5417, Figure 1

 

■(3)清酒の歴史

2024年12月5日、日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。これは酒蔵の職人により、麹菌を使った仕込み技術が高度に継承されていることが評価されたものです(※2)

清酒づくりにおいては、蒸米と仕込み水、麹菌により「酒母」と呼ばれる酵母の培養期が重視され、清酒の味や香りにも大きな影響を与えるとされます。この培養期には、自然の乳酸菌を取り込んで約1ヶ月かけて酵母を培養する「生酛(きもと)」と、人工的に培養された酵母と乳酸を添加してわずか2週間で酵母を安定的に培養することができる「速醸酛(そくじょうもと)」の2種類があり、現在、多くの酒蔵に普及しているのは「速醸酛」と呼ばれる方法です(※3)

麹菌にはさまざまな種類がありますが、清酒に用いられるのは日本で発見された黄麹のアスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)です。日本には、古代に大陸から味噌や醤油の発酵技術とともに麹が伝来し、室町時代には麹の製造・販売を担う「麹座」が興隆。麹の株化(清酒醸造に適した酵母株を選抜して用いること)や、ばら麹(穀物に麹菌を散布して繁殖させたもの)の流通によって各地で清酒づくりが発展し、現在のような世界に誇る文化として根付いてきたのです。

(※2)【→関連News】朝日新聞デジタル 「伝統的酒造り」ユネスコ無形文化遺産に登録 こうじを使った技術(2024年12月5日)
(※3)【→関連記事】約2週間で日本酒の発酵プロセスにおいて乳酸が酵母の発酵特性を調節する可能性を示唆【発酵醸造微生物リソース研究センター/農学部】(2023.03.06)

田邊教授の報告スライドより「速醸酛について」

 

 講演後は会場を移し、鮒寿司や清酒などの酵母が関わる発酵食品の試食・試飲を行いながら、参加者からの質疑応答の時間が設けられました。参加者からはビール醸造に用いられる酵母(上面酵母と下面酵母)の違いや、酵母が発酵に使われ出すと多様性が失われて優占株に集約されていく点などについて、意見が交わされました。さいごに農学部施設の見学が行われ、研修会は盛会のうちに終了しました。

酵母が関わる発酵食品の試食・試飲体験とディスカッションの様子
酵母が関わる発酵食品の試食・試飲体験とディスカッションの様子